【宅建過去問】(平成20年問10)敷金


Aは、自己所有の甲建物(居住用)をBに賃貸し、引渡しも終わり、敷金50万円を受領した。この場合に関する次の記述のうち、民法の規定及び判例によれば、誤っているものはどれか。

  1. 賃貸借が終了した場合、AがBに対し、社会通念上通常の使用をした場合に生じる通常損耗について原状回復義務を負わせることは、補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているなど、その旨の特約が明確に合意されたときでもすることができない。
  2. Aが甲建物をCに譲渡し、所有権移転登記を経た場合、Bの承諾がなくとも、敷金が存在する限度において、敷金返還債務はAからCに承継される。
  3. BがAの承諾を得て賃借権をDに移転する場合、賃借権の移転合意だけでは、敷金返還請求権(敷金が存在する限度に限る。)はBからDに承継されない。
  4. 甲建物の抵当権者がAのBに対する賃料債権につき物上代位権を行使してこれを差し押さえた場合においても、その賃料が支払われないまま賃貸借契約が終了し、甲建物がBからAに明け渡されたときは、その未払賃料債権は敷金の充当により、その限度で消減する。

正解:1

はじめに

本問は、賃貸借契約における敷金をテーマにしたものです。最初に敷金の性質を整理しておきましょう。

敷金の性質

敷金契約は、賃貸借契約に付随します。しかし、賃貸借契約とは別個の契約です。
敷金を交付する目的は、賃借人が目的物を明け渡すまでの全債務を担保することにあります。具体的な対象は、延滞した家賃、物件の損傷による損害賠償などの債務です。
賃借人は、これらの債務を全て差し引き、それでも残額があった場合に、初めて敷金の返還を受けることができます。

敷金の性質

1 誤り

社会通念上通常の使用による劣化や価値の減少を通常損耗といいます。例えば、畳の変色や家具の設置によるカーペットの凹みなどのことです。通常損耗の補修費用は、月々の賃料に含まれます。明渡しにあたって、原状回復費用を別途支払う必要はありません。これが原則です。
例外的に、通常損耗について、賃借人に原状回復義務を負わせるためには、その特約が明確に合意されていることが必要です(最判平17.12.16)。
逆にいえば、「特約が明確に合意されたとき」であれば、通常損耗について賃借人に原状回復義務を負わせることも可能です。本肢は、「特約が明確に合意されたときでもすることができない」とする点が誤っています。

■参照項目&類似過去問
内容を見る
賃貸借契約:原状回復義務(民法[26]7(3))
年-問-肢内容正誤
1R02-04-1賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷がある場合、通常の使用及び収益によって生じた損耗も含めてその損傷を原状に復する義務を負う。×
2R02-04-2賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷がある場合、賃借人の帰責事由の有無にかかわらず、その損傷を原状に復する義務を負う。×
3H30-08-1賃借物件を賃借人がどのように使用しても、賃借物件に発生する損耗による減価の回収は、賃貸人が全て賃料に含ませてその支払を受けることにより行っている。
×
4H30-08-2通常損耗とは、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する。
5H30-08-3賃借人が負担する通常損耗の範囲が賃貸借契約書に明記されておらず口頭での説明等もない場合に賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになる。
6H30-08-4賃貸借契約に賃借人が原状回復義務を負う旨が定められていても、それをもって、賃借人が賃料とは別に通常損耗の補修費を支払う義務があるとはいえない。
7H29-04-4賃借人の原状回復義務の対象となる損傷からは、通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年劣化が除かれる。
8H20-10-1賃貸借が終了した場合、貸主が借主に対し、社会通念上通常の使用をした場合に生じる通常損耗について原状回復義務を負わせることは、補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているなど、その旨の特約が明確に合意されたときでもすることができない。×

2 正しい

賃借人Bは、甲建物の引渡しを受けているのですから、Bの賃借権は、対抗要件を備えています(借地借家法31条)。この場合、Aが甲建物をCに譲渡すれば、賃貸人たる地位も、AからCに移転します(民法605条の2第1項)。Bの承諾は不要です。
また、賃貸人たる地位が譲受人に移転したときは、敷金の返還に関する債務は、譲受人が承継します(民法605条の2第4項)。本肢でいえば、AからCに承継されるわけです。

賃貸人の変更と敷金

※賃借権が譲渡された場合(肢3)と対比して理解しましょう。

■参照項目&類似過去問
内容を見る
賃貸人の変更と敷金(民法[26]8(3)①)
年-問-肢内容正誤
1R03-12-2Aを賃貸人、Bを賃借人とする甲建物の賃貸借契約が締結された。甲建物がBに引き渡された後、甲建物の所有権がAからCに移転した場合、本件契約の敷金は、他に特段の合意がない限り、BのAに対する未払賃料債務に充当され、残額がCに承継される。
220-10-2賃貸中の建物が譲渡された場合、賃借人の承諾がなくても、敷金返還債務は新所有者に承継される。
315-11-2賃貸借契約期間中に建物が譲渡された場合で、譲受人が賃貸人たる地位を承継したとき、敷金に関する権利義務も当然承継される。
415-11-4賃貸借契約が終了した後、借主が建物を明け渡す前に、貸主が建物を第三者に譲渡した場合で、貸主と譲受人との間で譲受人に敷金を承継させる旨を合意したとき、敷金に関する権利義務は当然に譲受人に承継される。×
511-14-4賃貸借契約期間中に建物が売却され、賃貸人たる地位を譲受人に承継した場合、賃借人の承諾がない限り敷金返還債務は承継されない。×
606-10-3貸主が第三者に建物を譲渡し、譲受人が賃貸人となった場合、貸主に差し入れていた敷金は、借主の未払賃料を控除した残額について、権利義務関係が譲受人に承継される。
702-13-2賃借人が賃貸人に敷金を差し入れていた場合、建物の譲受人は、賃貸人からその敷金を受領しない限り、賃借人に対する敷金返還債務を引き継がない。×

3 正しい

賃貸人Aの承諾を得ていれば、BD間の合意で賃借権を移転することができます(民法612条1項)。
この場合、敷金返還請求権が、当然に新賃借人に承継されるわけではありません(最判昭53.12.22)。
したがって、本肢では、敷金返還請求権はBからDに承継されません。

賃借人の変更と敷金

※賃貸人の地位の移転があった場合(肢2)と対比して理解しましょう。

■参照項目&類似過去問
内容を見る
賃借人の変更と敷金(民法[26]8(3)②)
年-問-肢内容正誤
120-10-3賃借権の移転合意だけでは、敷金返還請求権は、旧賃借人から新賃借人に承継されない。
215-11-3賃借権の譲渡を賃貸人が承諾した場合、敷金に関する権利義務は当然新賃借人に承継される。×
306-10-4借主が未払賃料を支払って、貸主の承諾を得て賃借権を第三者に譲渡した場合、借主が譲受人に敷金返還請求権を譲渡する等しなくても、敷金に関する権利義務関係は、譲受人に承継される。×

4 正しい

敷金は、建物明渡義務を履行するまでの賃貸人の賃借人に対する全ての債権を担保するものです。そして、賃貸人は、賃貸借の終了後、明渡完了するまでに生じた被担保債権を控除してなお残額がある場合に、その残額につき返還義務を負担するに過ぎません(民法622条の2第1項)。
したがって、抵当権者(E)が物上代位権を行使して、賃料債権を差し押さえたとしても、権利を行使できるのは、敷金が残存している範囲に限られます(最判平14.03.28)。

20-10-4

■参照項目&類似過去問
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敷金契約の性質(民法[26]8(1)②)
年-問-肢内容正誤
1R03-01-1賃借人の家屋明渡債務が賃貸人の敷金返還債務に対し先履行の関係に立つと解すべき場合、賃借人は賃貸人に対し敷金返還請求権をもって家屋につき留置権を取得する余地はない。
2R03-01-2賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務とは、1個の双務契約によって生じた対価的債務の関係にあるものといえる。×
3R03-01-3賃貸借における敷金は、賃貸借の終了時点までに生じた債権を担保するものであって、賃貸人は、賃貸借終了後賃借人の家屋の明渡しまでに生じた債権を敷金から控除することはできない。×
4R03-01-4賃貸借の終了に伴う賃借人の家屋明渡債務と賃貸人の敷金返還債務の間に同時履行の関係を肯定することは、家屋の明渡しまでに賃貸人が取得する一切の債権を担保することを目的とする敷金の性質にも適合する。×
513-09-4貸主は、借主の、賃貸借契約終了時までの未払賃料と契約終了後明渡しまでの期間の賃料相当損害額の双方を、敷金から控除できる。
610-03-1賃借人は、建物賃貸借契約が終了し、建物の明渡しが完了した後でなければ、敷金返還請求権について質権を設定することはできない。×
710-03-4敷金返還請求権に質権を設定した者が、賃借人に対し質権実行通知をしたとき、賃借人は、通知受領後明渡し完了前に発生する賃料相当損害金については敷金から充当することができなくなる。×
806-10-2借主の債権者が敷金返還請求権を差し押さえたときは、貸主は、その範囲で、未払賃料の弁済を敷金から受けることができなくなる。×
物上代位と敷金(民法[12]3(4)③(c))
年-問-肢内容正誤
123-06-3抵当権者が物上代位により賃料債権を差し押さえた後、賃貸借契約終了した場合、未払いの賃料債権は敷金の限度で当然消滅するわけではない。×
220-10-4抵当権者が賃料債権につき物上代位権を行使し差し押さえた場合でも、未払い賃料債権は敷金の充当により消滅する。
315-05-4抵当権者が物上代位権を行使し賃料債権を差し押さえた場合、賃料債権につき敷金が充当される限度において物上代位権を行使できない。
406-10-2借主の債権者が敷金返還請求権を差し押さえたときは、貸主は、その範囲で、借主の未払賃料の弁済を敷金から受けることができなくなる。×

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【宅建過去問】(平成20年問10)敷金” に対して8件のコメントがあります。

  1. コシ より:

    選択肢1です。

    逆にいえば、「特約が明確に合意されたとき」であれば、通常損耗について賃借人に原状回復義務を負わせることも可能です。

    この手の 「特約」を持ち出されると
    勉強の範囲が際限ないのですか
    どう対処すれば良いかご教授下さい。

    1. 家坂 圭一 より:

      コシ様

      ご質問ありがとうございます。

      この手の 「特約」を持ち出されると
      勉強の範囲が際限ないのですか
      どう対処すれば良いかご教授下さい。

      「勉強の範囲が際限ない」ということはありません。
      通常損耗に関する賃借人の原状回復義務については、【原則】→【例外】で話がまとめられるからです。

      【原則】として、原状回復の対象には、以下のものを含みません。

      1. 通常の使用収益によって生じた損耗(通常損耗)や経年劣化
      2. 賃借人に帰責事由がない損傷

      ただし、【例外】として、明確な合意(特約)があれば、通常損耗を賃借人に補修させることが可能です(通常損耗補修特約)。
      この【原則】と【例外】に話をまとめれば十分です。

      以上については、
      [26]賃貸借契約
      7.賃貸借契約の終了
      (3).原状回復義務
      で詳しく説明しています。
      この機会に、もう一度、講義を見直しておきましょう。

  2. 長野 より:

    家坂様

    いつもお世話になっております。
    選択肢3についてなのですが、
    賃借権が新賃借人に譲渡された場合
    原則→敷金返還請求権は承継されない
    と理解してますが、例外はあるのでしょうか。
    覚える必要性があればご教示いただけないでしょうか。

    1. 家坂 圭一 より:

      長野様

      ご質問ありがとうございます。
      結論だけ言いましょう。
      例外は存在しますが、それについて覚える必要はありません。

      時間があれば、以下もお読みください。

      判例の要旨は、以下の通りです。

      敷金交付者において賃貸人との間で敷金をもつて新賃借人の債務の担保とすることを約し又は新賃借人に対して敷金返還請求権を譲渡するなど特段の事情のない限り、新賃借人に承継されない。

      したがって、例外があるかないか、でいえば、「あり」ということになります。

      しかし、この例外について、宅建で問われたことはありません。
      唯一、この判例が顔を出しているのが、平成06年問10肢4です。

      Bが未払賃料を支払って、Aの承諾を得て賃借権をEに譲渡した場合、BがEに敷金返還請求権を譲渡する等しなくても、敷金に関する権利義務関係は、Eに承継される。
      https://e-takken.tv/06-10/

      しかし、この選択肢にしても、「例外」の存在やその扱いについて正面から問われているわけではありません。
      したがって、宅建試験では、
      「敷金返還請求権は、賃借権の譲受人に承継されない」
      という原則を覚えておけば十分です。

      1. 長野 より:

        家坂様

        返信遅くなり申し訳ありません。
        そこまでは出ないのですね。(・_・D
        民法なので深堀りしないように気を付けます。
        引き続き、サイトを利用させていただきますのでよろしくお願い致します。
        丁寧なご回答ありがとうございました。

        1. 家坂 圭一 より:

          長野様

          ご返信ありがとうございます。

          民法なので深堀りしないように気を付けます。

          その通りです。
          民法は深堀りし始めたらキリがないので、割り切って整理しましょう。

  3. 川上 より:

    いつもお世話になっております。
    問題文自体に解らない部分がありますので、ご教授願います。

    枝4に関して、
    抵当権者の差し押さえにより、賃借人Bは賃料相当を支払っていると解釈しています。
    その場合、未払賃料は存在しておらず、問題文の未払賃料債権とは差し押さえとは別の賃料で、未払があったのでしょうか?
    差し押さえにより、賃貸人Aに入金されなかったことに寄るなら賃貸人Bは二重に取られた形になると思うのですが。

    1. 家坂 圭一 より:

      川上様

      家坂です。
      回答が遅くなり、大変申し訳ありません。

      さて、御質問の件ですが、
      >抵当権者の差し押さえにより、賃借人Bは賃料相当を支払っていると解釈しています。

      この部分に勘違いがあります。
      賃料債権を差し押さえたとしても、Bが賃料自体を支払わないことはあり得ます。「差し押さえる」だけで、賃料の支払いが完了するわけではありません。

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